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祝こち亀完結!!僕とこち亀と両さんと、そして秋本先生、ありがとう…!!

2016年9月17日発売の週刊少年ジャンプ第42号をもって「こちら葛飾区亀有公園前派出所」が終了した。

 

連載は丸40年。その間一切休載なし。

その偉業たるや、筆舌に尽くしがたいものがある。

僕のような、あらゆることが長続きしないグータラ極まりない人間からしてみれば、まさに神の御業!

40年間我々を楽しませ続けてくれた秋本治先生には本当に本当に心から「ありがとうございました!」と言いたい。

 

191巻の増ページ具合から「最終200巻に合わせにいってるな」っていう噂はあったけど、いざ本当に終了となると寂しいものです。

 

 

■気まぐれからハマった20数年前

 

僕と「こち亀」との出会いは小学4年生のとき。

漫画と言えば「ドラゴンボール」と「ドラえもん」くらいしか読まなかった当時の僕が、本屋で気まぐれに手に取ったのが「こちら葛飾区亀有公園前派出所・第25巻」だった。

ジャンプ本誌は買っていたので作品や「両さん」というキャラクターは知っていたが、実はそれまで「こち亀」を読んだことがなかった。

中年のおじさんが主人公の漫画は少し大人びている気がしていたし、なによりも当時の僕にとっての憧れや感情移入の対象ではなかったわけである。

それでも作品、そして「両さん」というキャラクターの持つ得体の知れないパワーのようなものに惹かれたのだろう。僕はその第25巻を購入した(自分が亀有のすぐそばで生まれ育ったのも大きい)。

 

結果、どハマりした。

ただ内容は面白かったが、25巻は少し古臭い絵柄と感じ、すぐに第60巻を買いに本屋へ走った(当時は73巻くらいまで出ていた)。

60巻ともなると絵柄も洗練され、さらに僕を惹きつけた。

 

「こんなに面白い漫画があったとは!」

 

気が付くと一気に10冊買っていた(決して金持ちの子どもというワケではなく、あまりお金を使わない子だったので、おこづかいが溜まっていたのです)。

 

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↑僕が初めて描いた両さん(小4当時)。「今では12さつもっています」と書いてあるので、記憶に間違いはない。一気に10冊買うのは恥ずかしかったので、本屋をハシゴしたことも覚えている。

 

 

それからは「とりえず50巻~70巻まではそろえよう」とか「40巻台も気になるぞ」とか「40巻でこれだけ面白いのだから、30巻台も絶対面白いはず!」とかで、あれよあれよと40冊くらいはすぐに買ってしまった。

 

その後も1巻とか麗子初登場の11巻とか、ポイントをおさえるような買い方をして、今でも古本でたまに買ったりしている。

 

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↑中学2年のときに描いた遠足のしおり(当時、この類の表紙は毎回描かされていた)。

見本にしたのは第20巻収録「親をよべ!」の巻。

 

 

■こち亀全盛期論争

 

「こち亀のどの時期がいちばん面白かったか?」というのはファンの間ではよく議論になるが、僕は文句なく30巻~50巻までが最高だと思っている。

50巻台は天国と地獄やロボットの登場でちょっと雰囲気が変わってくるし、60巻以降になると絵が洗練されすぎていたり時事ネタ(最新家電、オタク系)が増えてきたりと、初期の頃のような「粗削りゆえのパワー」みたいなものがなくなってくる(当然といえば当然だけど)。

背景によく目を凝らすと張り紙にとんでもないことが書かれている、というような遊びが無くなってきたのもこの頃だろう。

 

そして100巻以降はまたガラッと変わり、女性の新キャラがどんどん登場。アニメ化が始まったのもこの頃で、世間的な認知度も飛躍的に高まった。

それが作品に影響を与えたのかは分からないが、その作風は僕が大好きだったあの「こち亀」とは少しづつ離れてしまっていたのは確かだった。

 

いつの間にかジャンプ自体も買わなくなり10年ちょっと…。

今回、最終回ということで同時発売の200巻と一緒にジャンプを買ってしまった。しかも発売日の深夜2時に(笑)

 

 

■最終回から読み取れること

 

最終回を初めて読んだときの感想は「これが40年連載した作品の最後なのか…?」というのが正直なところだった。

 

だけど、単行本200巻の方も手に取り、ひさびさに「こち亀」を読んでいくと、なんとなく腑に落ちるものがあった。

それはつまり、秋本先生が「こち亀」そして「両津勘吉」というキャラクターでやれることはすべてもう完全に出尽くしたのではないか?ということだ。

 

100巻以降さらに次々と新キャラが登場し、その中には両さんの生活や人生を変えるような、これまでになかったような重要なキャラクターも少なくなかった(思えば、67巻初登場の麻里愛がそのハシリだったのかも)。

両さんがもしもお巡りさん以外の職業だったら?奥さんがいたら?子どもがいたら?

そんな話を描きたいが、両さんは巡査長を辞めるわけにも結婚するわけにもいかない。その結果が超神田寿司だったり、数々の女性キャラだったり…。

そんな疑似的なシミュレートをするうちに作品、そして両さんというキャラクターにブレが生じてきたのではないか?

これ以上は「こち亀」という作品でやる意味はない。ならば40周年200巻というキリの良いところで、なるべくいつも通りのくだらなさで幕を閉じ、あとは新作で新しい試みをしていこうではないか!

最終回の力の抜け方、そして新作情報(4本!)を見るとそんな風な想像が浮かばずにはいられないのだ。

 

僕にとっての「こち亀」は巻数にして150巻あたりからスッ飛ばしての200巻なので、もしかしたら見当違いの推論かもしれない。

でも最終巻の作風や絵柄、アシスタントの使い方などを見るに「こち亀という作品でやれることは出し尽くした感」と「作家としての創作意欲」みたいな複雑な感情が見え隠れしているような気がしてならない。

 

 

■秋本先生、ありがとう

 

最後に、僕は実は秋本先生とはあるパーティーでニアミスをしていたようです。

そこには色んな超有名漫画家が居たのだけど、たいして興味のなかった僕は他の誰かがやっていたようなサイン色紙を持って練り歩くようなマネはしなかった。

が、パーティーが終わってふと見ると、いっぱいのサイン色紙の中に秋本先生のサインが!

 

「あ、秋本先生も来てたんですか!?」

 

そのときばかりは叫んでしまった。同じ場所にいたというのに、一目すらお目にかけなかったのである!それだけは未だに後悔している。

 

なにはともあれ、秋本先生、そして両さんには本当に楽しませていただきましたし、これからも何度も読み返して楽しませていただきます。残りの巻も集めて200巻コンプリートしちゃおうかなと密かに思っています。

 

40年間ありがとうございました。

 

 

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