映画評vol.3「舟を編む」/今を生きる辞書を作ることとデジタルと。

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「舟を編む」(2013年・日本)

 

【ストーリー】

玄武書房に勤務する馬締光也(松田龍平)は職場の営業部では変人扱いされていたが、言葉に対する並外れた感性を見込まれ辞書編集部に配属される。新しい辞書「大渡海」の編さんに従事するのは、現代語に強いチャラ男・西岡正志(オダギリジョー)など個性の強いメンツばかり。仲間と共に20数万語に及ぶ言葉の海と格闘するある日、馬締は下宿の大家の孫娘・林香具矢(宮崎あおい)に一目ぼれし……。(シネマトゥデイより)

 

 

 

原作は未読。

辞書編纂という、今まで無さそうでやっぱり無かったテーマが面白い。

 

辞書をパラパラとめくっていると誰もが「こんなのどうやって作っているんだろう?」「世の中にはこれだけ言葉があるのに、調べればちゃんとその言葉が出てくるって、実はすごいことだよなー」「語句の漏れとかないのかなあ?」などと一度は思うだろう。

もちろん辞書は天からの授かりものではないので、必ずそこには「辞書を作った人たち」が存在するのである。では、どうやってこの途方もない作業を成し遂げるのであろうか?その答えがこの映画の中にある。

 

答えは…膨大な時間を費やし、ひたすら地味な作業を重ねていく。

それだけである。

 

言葉をリスト化し、用例を書く。しかも言葉というものは、時代と共にその使い方や意味が変化したり、言葉そのものが新たに生まれたりする。それらも逐一チェックするという作業も並行して行うのだから、それがどれだけ途方もない仕事かは想像を絶するものがある。実際、映画の中でも企画から辞書の完成まで15年もの年月を費やしている。

 

この映画は、このような地味なようで壮大なテーマを扱いつつも、ところどころ笑いどころやロマンスを挟み、2時間超えの作品ながら飽きさせることなく最後まで見せてくれる作品になっている。世間での評判も上々だ。

 

ところが僕はというと、この映画の鑑賞中、そして鑑賞後も、ちょっと不自然なくらい心に響くものがなかった。

その原因というか、正体みたいなものをしばらく考えみたところ、何となく腑に落ちるところがあったので書かせてもらう。

 

00年代半ば頃から、我々を取り巻くコミュニケーションの在り様は大きく変わった。「言葉」そのものの意味性までガラリと変化してしまったと言っても過言ではないだろう。言うまでもなく、それは「スマホ」の登場によってである。

それ以前(所謂「ガラケー」によるメールが普及し始めたとき)も「最近の若者は直接会話しないでメールで済ます」「手紙を書かなくなった」などなど、言ってみれば「直接的コミュニケーション」から「簡略的コミュニケーション」への流れを嘆く声は少なくなかった。

現在爆発的に普及しているスマホ、それに伴う「LINE」でのコミュニケーションは、単なる「簡略的コミュニケーション」の強化版ではなく、今までとは全く異なる新たな意思伝達方法の誕生だと僕は考える。

大袈裟かもしれないが、LINEによって言葉は「単なる記号化」という新しい次元へとブッ飛んでしまった、またはブッ飛びつつあるのだ。

ひと昔前のメール時代ですら、語尾のちょっとした使い方や文章量、送信時間や返信のタイミングなどを気にしながらメールを書いていたはずである。が、現代は「とりあえず既読にしとけば(あるいは、しなければ)」とか「どこ?」「家」とかの単語のみのやり取りであったりとか、果てはスタンプで済ませたりとか、もはや言葉を使ったコミュニケーションですら無くなっているのだ。

映画の登場人物たちは言葉がそう遠くない未来に、こんな風に「記号化」する未来を描いていただろうか?

 

もうひとつ、言葉を取り巻く世界で、特に出版業界を避けて通れない問題に「デジタル化」がある。

紙媒体と違って、あとからいくらでも編集ができるデジタル化の前に「今を生きる辞書を作ろう」というセリフが虚しく響く。

主人公が辞書編集部に配属されるのは1995年である。この時代設定もおそらく狙ったものだろうと推察される。

つまり「Windows95」の発売年である。

この95年というひとつの転換期である年に、一方では日進月歩で進化するデジタル世界、一方では知識と感性と地道な手作業で辞書をまとめていく人びとという対比が(映画では描かれていない対比ではあるが)、2016年現在の世界を知っているものとしては、なんともいえない虚無感のようなものがまとわりつくのである。

よって、「一生の仕事」として全身全霊で十余年にも渡って行っている彼らの作業に、哀れみを通り越してもはや無機質に眺めてしまった自分がいるというわけなのだ。

 

そんなふうにこの映画を観る人はいないかもしれないし、映画の趣旨とは全く見当違いなことを言っているのも承知しているつもりだが、個人の感想なのでご容赦いただきたい。

 

最後に映画そのものの内容に触れると、主人公とヒロインのラブストーリー部分も独特かつロマンチックに描かれているので、そういう側面でもこの映画はオススメです。

 

あれ?純粋な映画の感想って、最後の2行だけなのかコレは…!?

 

 

 

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